素鵞庵主の晴耕雨読

アクセスカウンタ

zoom RSS 今治中心部をぶらぶら 3

<<   作成日時 : 2016/11/15 22:33   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

ぶらケイボンの3回目です。
南光坊から、広小路に移動の途中、今治小学校跡(現在は、市役所の公用車駐車場)で、丹下健三氏の実家のあったあたりの説明がありました(写真なし)

広小路の説明は、NTT前です。
画像


広小路は、今治まで鉄道が伸びたときに整備されたそうです。その当時の道路幅は18m(10間)。
その時は、今の四国電力今治営業所のところに市役所がありそこまでだったそうです。
その後、港まで伸びたそうです。
現在の幅は、36mで、これは戦後復興期に整備されました。あまりにも広いので、「飛行場をつくるのか?」と言われたとか・・・

 (追記。庵主のきいた範囲では、復興期の最初の計画では、駅から港まで一直線に整備するはずだったのが、用地交渉が不調に終わり、現在の形になったとか)

今のNTTのところには、警察署があったそうですね。庵主は、郵便局と電電公社(現NTT)が一緒にあったのを記憶しています。

次は、2つ目の慰霊碑です。
画像

ここは、昭和20年4月26日の空襲で、電話交換手の10人が殉職したのを、悼むために作られたものです。

そして、市役所に移動。

駐車場入り口の近くにある、初代市長片野淑人氏の胸像前で説明を受けます。
画像


そのあと、港側の旧駐車場入り口に移動。
ここからだと、今治市庁舎、公会堂、市民会館の丹下健三氏作品が一望できます。
画像

(画像確認したら、公会堂が写ってない・・)

この3つの特徴って、コンクリート打ちっぱなしの壁だったのですが、本庁舎と公会堂は、改修工事して、吹き付け塗装したため、見えなくなっています。
市民会館の外壁でも、その特徴はわかりますが、市民会館の内部の壁見ると、よくわかります。

コンクリート型枠は、現在だと、塗装した合板を使うのですが、この3つの建物は、杉板を使っていて、コンクリート面に木目が転写されているんですよね。

ここで、トイレ休憩・・・

(次に続く。)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
今治中心部をぶらぶら 3 素鵞庵主の晴耕雨読/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる